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トマト用ハウスをいち早く導入
太郎原町、北野町など、久留米市内に数カ所ある農地は合せて3ha。山川営農組合に所属し、米麦と大豆を生産しています。
米麦、野菜を生産する専業農家の4人きょうだいの長男として生まれました。後を継ぐべく、久留米農芸高校園芸科(現:久留米筑水高校)に入学し、卒業後に就農。ご両親とともに、露地でトマトを生産。「霜よけにはトンネルに“こも”を掛けたり、暖房代わりにプロパンガスやロウソクの炎で保温しよったよ」と、当時を懐かしく振り返ります。
21歳のとき、福岡県後継者育成資金を受け、300坪の鉄骨ハウスを建設。トマトのハウス栽培に着手しました。合川ハウス部会を立ち上げて、旧合川支所で共同出荷を始めました。
25歳のとき、荒木町の農家出身のヒサ子さんと結婚。電照菊部会やしょうが部会にも所属し、米麦と合わせて規模を拡大。トマトは4倍となる1200坪まで広げました。
久留米地域農業のリーダーを歴任
JA青年部には就農と同時に入部。合川支部長を経て、37歳のときに部長へ就任しました。青年部がなかった地区にも支部を立ち上げるなど組織の拡充を進め、青年部を一本化し、現在の青年部組織の基礎をつくりあげました。JA初となる県青協委員長も1年間務めました。
43歳からは、農政連久留米市支部の分会長、副支部長、支部長を経験。日本農業の根幹を揺るがしかねない、米の自由化反対運動や米価引き上げ運動に参加し、農政活動をけん引しました。「JA組織は運動体であることを強く意識したね。国会周辺で何回もデモ活動をして、日本人にとって農業はどうあるべきか、を世論に訴えた」。
久留米市農業委員も6年間務めました。うち3年間は会長として、農地を守りいかす活動、後継者育成活動を中心に行ってきました。 |
農業は生命産業の基礎
50歳のとき、農業と不動産賃貸業を併せた会社を興し、ロータリークラブにも入会。農外のさまざまな業種の方とお付き合いし、自己研鑽に励むことで、見識が広がりました。
現在は、老人会や農事組合長など地元のお世話を中心に行い、フィットネスクラブやゴルフでの健康づくりも欠かしません。農芸高時代の友人とは50年来の付き合いで、青年部や農政連活動も一緒に頑張ってきました。
「農業はすべての生命産業の基礎であり、自然との共生ができるし、一番いい職業だと思う。心豊かで楽しい生活をするためには、農業者は常に、生産活動と経済活動の両方を考えて農業経営をしていかやんね」。自家用野菜を育てながら、農業への思いを話す勝弥さん。職業人として農業に誇りを持ち、心豊かで楽しい生活を送ります。
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| ▲自宅庭の植木も自らせん定 |
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| ▲10種類以上の野菜が育つ家庭菜園 |
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| ▲JAゴルフ愛好会の会長を務めています「会員募集中です!」 |
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