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  みんなの笑顔のため米づくりに励む
          
 諏訪野町 池尻(いけじり) 義伸(よしのぶ)さん・サツエさん
 
まちなかでの稲作
久留米の中心部、周りを住宅に囲まれた一角にある水田では、「ヒノヒカリ」が今年も実りの季節を迎えました。善伸さん、サツエさん夫妻は、収穫作業に大忙しです。
久留米市外の田んぼにも米づくりへ出向き、宮ノ陣カントリーエレベーターへ出荷します。
一昨年、老人会に提供した米の味をほめられたことをきっかけに、近くの方には自宅で精米したつきたての米を分けて差し上げることもあります。
「あんた方の米は炊いたら光ってる、と喜ばれました」。農家みょうりに尽きる友人・知人の笑顔とひとことが、米づくりに励む力を生み出します。
昭和の米麦生産
「農家を継ぐのは宿命やったね」と、語る善伸さんは、6人きょうだいの長男として生まれました。中学を卒業後に就農。20歳前から叔父さんの跡を引き継いで、もみすり業を始めました。自分で開発した発動機にもみすり機を搭載して、本山から国分、御井町まで、1軒1軒回っていました。半年で4000俵近く、もみすりをしていたそうです。
サツエさんは22歳のとき、長門石町の米麦農家から嫁いできました。中学卒業後から自宅の農業を手伝い、農閑期には、米を入れる“かます”を稲わらで機織りする仕事も担当。「農家の仕事には自信があったけん、百姓でないとお嫁に行かんと言いよったよ」と、笑って若かりしころを振り返ります。
農業の変遷を経験
牛で農機具を引いて田畑を耕してきた時代から、機械化により、耕作面積も増えました。
「3haの米麦を耕作しよったとき、米の収穫前にウンカが大量発生して、収量が半分に減ったこともあったね」。「ジャンボタニシから稲を食べられる被害にも遭って、手で植え直したよ」。
その年ごとに変わる状況に対応するため、こまめに水田を巡回。丁寧に栽培することを心掛けています。

やっぱり農家でよかったね
時代が変わり、米づくりの仕方が変わっても、収穫を待ちわびる心はいつも、変わることがありません。
「定年がなく年をとっても楽しんでできるから、農家でよかったかもしれんな」と、話す善伸さんに「食べるのには困らないしね」と、にこやかに答えるサツエさん。善伸さんは魚釣りが趣味、サツエさんは女性部仲間とのふれ合いが楽しみとのこと。
「米づくりは続けると息子が言ってくれたので、私たちも体力が続く限り頑張らやん」と、今後も人生をエンジョイしつつ、もうひと頑張りを誓います。
 
 米は収穫後に宮ノ陣カントリーエレベーターへ出荷
 
   ▲自家用より差し上げるほうが多いという家庭菜園の野菜
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