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農業を始めたころ
現在は久留米市野球場がある辺り一帯には、一面のレンコン田が広がっていました。山﨑さん宅もレンコンを栽培しており、克己さんは高校生のころから、収穫作業を手伝っていました。「泥に浸かりながら田に入り、柄が短いレンコンくわを使って、真っ黒になりながら素手で掘っていました。冬場で冷たかったですね」。もちもちして糸を引く合川のレンコンは差し上げても喜ばれ、久留米中央卸売市場でも大好評だったそうです。
農事組合長に就任
合川地区では開発が進み、レンコン田も市街化区域へと変遷。農業も様変わりしてきました。近郊に土地を買い換え、いわゆる“出稼ぎ農業”を営む農家も増えてきました。
山﨑家は代々が米麦を中心に生産する専業農家でしたが、克己さんは高校卒業後サラリーマンへ。米の田植えや取り入れ時期には農作業を手伝う、兼業農家になりました。
農業を続ける人が減少し続け、在職中から合川地区市ノ上第三の農事組合長を引き受けていました。現在は、合川地区の農事組合長会長と、JA全体の農事(実行)組合長連絡協議会会長を務めます。
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市街化区域で農業を楽しむ
嫁いでから農業は手伝う程度だったという毬子さん。自分で収入をあげてみたいと思うようになり、36歳ごろからグリーンピース栽培を始めました。市場やJA女性部朝市に出荷するようになり徐々に作付け量を増やし、出荷が途切れないように、いろんな作物を計画的に栽培。だんだんと農業がおもしろくなりました。
畑は野球場の近く。大梅と小梅、レモンの木も植えました。たくさん取れたときは、ゆめタウン久留米のJAコーナーへ出荷しています。克己さんも仕事を退職してから野菜栽培を楽しむようになり、タカナやハクサイ、ダイコンなど、漬物を漬けるのも上手になりました。
農業者にやさしい農政を
今年7月、久留米市農業委員に就任。御井・合川地区を担当し、農地転用の地域審査、荒地や減反地を活用する取り組みなどを行っています。水田経営所得安定対策など変化が激しい農政に対し「専業農家や兼業農家、それぞれのやり方にあわせて農業ができるようになればいいね」、毬子さんは「国の政策で、農業がもっとしやすいようになればよいと思います」。もっと農家が増えるよう、生産が経営向上に結びつくような農業政策を望みます。
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| ▲農事組合長連絡協議会会長を務めて2年目 |
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| ▲農業総合対策本部の会議であいさつ |
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